皆様、初歩的な質問ですみません。1D系や30Dなどで、オリジナル画像判定用のデータを付けて撮影することが出来るようですが、このシステム(http://web.canon.jp/technology/canon_tech/explanation/image_verification.html)は、明らかな加工・改竄はともかく、RAW画像処理の段階における、露出補正やホワイトバランスの変更、あるいはコントラストやシャープネス、色の濃さや色合いの調整も「加工」とみなすものなのでしょうか。というのも、写真コンテスト等で、「トリミング・焼きこみを除く画像の加工・合成は認められない」と規定されている場合、どこまでが許されるのかイマイチ分からないのです。こういう場合通常は、上記で述べたようなRAW画像の調整も「加工」とされるのでしょうか?また、RAW画像処理の段階で露出補正やホワイトバランスの変更、コントラストやシャープネスの調整を行った場合、オリジナルと比べて画像の劣化が多少あるというのは本当でしょうか?みなさまの知恵を貸して頂ければ幸甚でございます。
≫ OGU さん > 1D系や30Dなどで、オリジナル画像判定用のデータを付けて撮影することが出来るようですが、このシステム(http://web.canon.jp/technology/canon_tech/explanation/image_verification.html)は、明らかな加工・改竄はともかく、RAW画像処理の段階における、露出補正やホワイトバランスの変更、あるいはコントラストやシャープネス、色の濃さや色合いの調整も「加工」とみなすものなのでしょうか。> というのも、写真コンテスト等で、「トリミング・焼きこみを除く画像の加工・合成は認められない」と規定されている場合、どこまでが許されるのかイマイチ分からないのです。画像のオリジナルの保証は裁判の証拠として通用することを目的としています。コンテストの加工有無とは目的が違います。比較すること自体が無意味です。
> 1D系や30Dなどで、オリジナル画像判定用のデータを付けて撮影することが出来るようですが、このシステム(http://web.canon.jp/technology/canon_tech/explanation/image_verification.html)は、明らかな加工・改竄はともかく、RAW画像処理の段階における、露出補正やホワイトバランスの変更、あるいはコントラストやシャープネス、色の濃さや色合いの調整も「加工」とみなすものなのでしょうか。> というのも、写真コンテスト等で、「トリミング・焼きこみを除く画像の加工・合成は認められない」と規定されている場合、どこまでが許されるのかイマイチ分からないのです。画像のオリジナルの保証は裁判の証拠として通用することを目的としています。コンテストの加工有無とは目的が違います。比較すること自体が無意味です。
そうっゆさん、こんばんは。> 画像のオリジナルの保証は裁判の証拠として通用することを目的としています。> コンテストの加工有無とは目的が違います。> 比較すること自体が無意味です。実は私はいくつかの裁判を係争中なのですが、その中で、ある写真の撮影日時が一つの争点になっています。ある写真のexifの示す日時が、後日改ざんされたものであるかないかが争点になっているわけですが、キヤノンに確認したところ、キヤノンも、キヤノンの提供するオリジナルデータ判定ソフトも、法廷において画像の改ざん、またはexifデータの改ざんのないことを立証することを、保証するものではないとの返答を得ました。要するに、使えたとしても、せいぜい改ざんしていないという主張を間接的に補強する程度のものであって、あくまで絶対的なものではないということですね。ですので証明責任がこちらにある場合には、およそ使い物にならない機能といえるでしょう。
≫ Crystal2 さん > 実は私はいくつかの裁判を係争中なのですが、その中で、ある写真の撮影日時が一つの争点になっています。> ある写真のexifの示す日時が、後日改ざんされたものであるかないかが争点になっているわけですが、> キヤノンに確認したところ、キヤノンも、キヤノンの提供するオリジナルデータ判定ソフトも、> 法廷において画像の改ざん、またはexifデータの改ざんのないことを立証することを、保証するものではないとの返答を得ました。> > 要するに、使えたとしても、せいぜい改ざんしていないという主張を間接的に補強する程度のものであって、> あくまで絶対的なものではないということですね。> > ですので証明責任がこちらにある場合には、およそ使い物にならない機能といえるでしょう。これは当然ですよ。銀塩のネガだって本物であることをメーカーが保証しましたか?してませんよ。だから本物であるかどうかの立証責任は申立人にあるわけです。改ざんの際の痕跡の残り方や、その道の専門家に証言してもらうとか・・・もちろん他の補強証拠も援用して・・・第一、本当に本物かどうかを判断するのは裁判所です。あなたでもないし、まして当事者でもないメーカーではありません。ただ単なるデジタルデータは比較的容易に改ざんできて痕跡が残らないので、それに比べれば改ざんに対する耐性は高いというだけです。要は、少なくとも銀塩写真に比べてデジタル写真が劣っている点であることは事実です。なので、それを銀塩並みにして欲しいというニーズはあるわけです。
> 実は私はいくつかの裁判を係争中なのですが、その中で、ある写真の撮影日時が一つの争点になっています。> ある写真のexifの示す日時が、後日改ざんされたものであるかないかが争点になっているわけですが、> キヤノンに確認したところ、キヤノンも、キヤノンの提供するオリジナルデータ判定ソフトも、> 法廷において画像の改ざん、またはexifデータの改ざんのないことを立証することを、保証するものではないとの返答を得ました。> > 要するに、使えたとしても、せいぜい改ざんしていないという主張を間接的に補強する程度のものであって、> あくまで絶対的なものではないということですね。> > ですので証明責任がこちらにある場合には、およそ使い物にならない機能といえるでしょう。これは当然ですよ。銀塩のネガだって本物であることをメーカーが保証しましたか?してませんよ。だから本物であるかどうかの立証責任は申立人にあるわけです。改ざんの際の痕跡の残り方や、その道の専門家に証言してもらうとか・・・もちろん他の補強証拠も援用して・・・第一、本当に本物かどうかを判断するのは裁判所です。あなたでもないし、まして当事者でもないメーカーではありません。ただ単なるデジタルデータは比較的容易に改ざんできて痕跡が残らないので、それに比べれば改ざんに対する耐性は高いというだけです。要は、少なくとも銀塩写真に比べてデジタル写真が劣っている点であることは事実です。なので、それを銀塩並みにして欲しいというニーズはあるわけです。
≫ そうっゆ さん そゆっすさん、こんにちは。頂いたレスを読ませていただきましたが、勉強になりました。特に、 > ただ単なるデジタルデータは比較的容易に改ざんできて痕跡が残らないので、> それに比べれば改ざんに対する耐性は高いというだけです。> 要は、少なくとも銀塩写真に比べてデジタル写真が劣っている点であることは事実です。> なので、それを銀塩並みにして欲しいというニーズはあるわけです。のあたりは、なるほどと思いました。キヤノンの当該製品は、そういうトライをしているという理解でいいわけですよね。ただ色々な話を伺っていると、ちょっと中途半端な仕組みかなと思います。
そゆっすさん、こんにちは。頂いたレスを読ませていただきましたが、勉強になりました。特に、 > ただ単なるデジタルデータは比較的容易に改ざんできて痕跡が残らないので、> それに比べれば改ざんに対する耐性は高いというだけです。> 要は、少なくとも銀塩写真に比べてデジタル写真が劣っている点であることは事実です。> なので、それを銀塩並みにして欲しいというニーズはあるわけです。のあたりは、なるほどと思いました。キヤノンの当該製品は、そういうトライをしているという理解でいいわけですよね。ただ色々な話を伺っていると、ちょっと中途半端な仕組みかなと思います。
≫ Crystal2 さん # 亀レスですが・・・http://web.canon.jp/technology/canon_tech/explanation/image_verification.htmlこれ説明が悪いんですよ。> 事故現場の状況写真や建設現場の進捗状況報告など、現場の“証拠性”が必要となる:> 撮像情報のヘッダについても同じしくみで改ざんを検証することが可能なため、撮像> 情報の付属情報に対する信頼性も同時に与えることができます。:> 今後のデジタルカメラの標準機能となっていくことでしょう。とか大げさなことを言っているので、あたかも第三者的にカメラ内部データの改竄をチェックできるかのように見えるのですが、例えば PC 側の検証プログラムの説明として、> MACは共通の「秘密鍵」を使うため、カメラに組み込まれた秘密鍵と同じ秘密鍵を使っ> て検証することが可能となっています。と言っていて外部 PC に秘密鍵も署名アルゴリズムも存在していることが説明されています。つまり原理的に撮影者自身は改竄=再署名が可能なわけです。基本的には撮影者より下流の改竄を当事者的に検出するだけのものなのでしょうね。それだけだったら汎用の md5sum やら PGP でも十分なので、結局あまり意味の無いシステムではあるのですが。
# 亀レスですが・・・http://web.canon.jp/technology/canon_tech/explanation/image_verification.htmlこれ説明が悪いんですよ。> 事故現場の状況写真や建設現場の進捗状況報告など、現場の“証拠性”が必要となる:> 撮像情報のヘッダについても同じしくみで改ざんを検証することが可能なため、撮像> 情報の付属情報に対する信頼性も同時に与えることができます。:> 今後のデジタルカメラの標準機能となっていくことでしょう。とか大げさなことを言っているので、あたかも第三者的にカメラ内部データの改竄をチェックできるかのように見えるのですが、例えば PC 側の検証プログラムの説明として、> MACは共通の「秘密鍵」を使うため、カメラに組み込まれた秘密鍵と同じ秘密鍵を使っ> て検証することが可能となっています。と言っていて外部 PC に秘密鍵も署名アルゴリズムも存在していることが説明されています。つまり原理的に撮影者自身は改竄=再署名が可能なわけです。基本的には撮影者より下流の改竄を当事者的に検出するだけのものなのでしょうね。それだけだったら汎用の md5sum やら PGP でも十分なので、結局あまり意味の無いシステムではあるのですが。
m2nさん、こんにちは。お恥ずかしい話ですが、ご推察の通り、商品説明の上のほうしか読んでおりませんでした。分かりやすいご説明をいただき、ありがとうございました。m2nさんは、この判定システムをお使いなんでしょうか。役に立つかどうかは別にして、試しに買ってみようかと思いましたが、結構高いですね。そんなこと言ってる間に、1Vの支援ソフトみたいにいきなり製造中止になったら残念ですし。
≫ Crystal2 さん すいません僕は使っていません。書いた通り、下流の改竄検出だけであれば md5sum なり PGP 署名なりで本当に事足りてしまいますので・・・・(もし僕が誤解しているのあれば、ぜひ関係者の方にフォローいただきたいところです。)ちなみに「そうっゆ」さんはあたかもデジタルデータがアナログフィルムに対して改竄耐性が低いかのような書き方をされていますが、フィルムのレタッチ・合成だって昔からあるわけで、ちゃんとしたデジタル署名を使えば普通のフィルム処理フローよりも高い改竄耐性を持たせることも可能のはずなのです。(原理的には)せっかく専用の署名システムなら、裁判でも使える程度の信頼性が欲しいところですね。
すいません僕は使っていません。書いた通り、下流の改竄検出だけであれば md5sum なり PGP 署名なりで本当に事足りてしまいますので・・・・(もし僕が誤解しているのあれば、ぜひ関係者の方にフォローいただきたいところです。)ちなみに「そうっゆ」さんはあたかもデジタルデータがアナログフィルムに対して改竄耐性が低いかのような書き方をされていますが、フィルムのレタッチ・合成だって昔からあるわけで、ちゃんとしたデジタル署名を使えば普通のフィルム処理フローよりも高い改竄耐性を持たせることも可能のはずなのです。(原理的には)せっかく専用の署名システムなら、裁判でも使える程度の信頼性が欲しいところですね。
≫ OGU さん 最初の質問については、直接コンテストの主催者に問い合わせるのがベストだと思います。似たような文章の規定でも、コンテストごとに微妙な見解の違いがあるかもしれません。> また、RAW画像処理の段階で露出補正やホワイトバランスの変更、コントラストやシャープネスの調整を行った場合、オリジナルと比べて画像の劣化が多少あるというのは本当でしょうか?極端な露出補正をしたり、撮影時の光質と大幅に異なるWBパラメータを適用したりすると、RAWでも現像結果に問題が出ることがあります。いくらRAWといっても撮影時に足りなかったものは写っていないわけですから、調整幅が大きければその足りない部分が目立ってくることもあります。RAWで撮ることのメリットは、通常なら事前に決められたパラメータに沿ってカメラ内で行われる現像処理(jpeg画像の生成)を、あとからパソコン上でパラメータを自由に選びながらやれることです。また、カメラ内で現像するにはスピードも要求されますから、限られた性能の中では高度な演算処理を適用することができません。しかしパソコンと現像ソフトによる現像ではそういった制約もほとんどありませんから、カメラ内処理よりももっと高度な演算処理が可能になり、より高画質の画像を得られることもあります。RAWで撮ってもjpegで撮っても、最終的にRAWデータからjpeg画像やTIFF画像を生成することに変わりはありません。もちろんjpegモードで撮影した画像をさらにレタッチするよりも、RAW現像の段階でパラメータ設定を追い込むほうが画質的には有利になります。画像の劣化を無くすためにRAWで撮るのではなく、現像処理をあとからパソコンでじっくり行うためにRAWモードがあるというわけです。画質の低下を避けたいがために必要なパラメータ変更をしないのでは本末転倒ですから、そこはあまり気にしないで作品づくりを楽しんでくださいね。
最初の質問については、直接コンテストの主催者に問い合わせるのがベストだと思います。似たような文章の規定でも、コンテストごとに微妙な見解の違いがあるかもしれません。> また、RAW画像処理の段階で露出補正やホワイトバランスの変更、コントラストやシャープネスの調整を行った場合、オリジナルと比べて画像の劣化が多少あるというのは本当でしょうか?極端な露出補正をしたり、撮影時の光質と大幅に異なるWBパラメータを適用したりすると、RAWでも現像結果に問題が出ることがあります。いくらRAWといっても撮影時に足りなかったものは写っていないわけですから、調整幅が大きければその足りない部分が目立ってくることもあります。RAWで撮ることのメリットは、通常なら事前に決められたパラメータに沿ってカメラ内で行われる現像処理(jpeg画像の生成)を、あとからパソコン上でパラメータを自由に選びながらやれることです。また、カメラ内で現像するにはスピードも要求されますから、限られた性能の中では高度な演算処理を適用することができません。しかしパソコンと現像ソフトによる現像ではそういった制約もほとんどありませんから、カメラ内処理よりももっと高度な演算処理が可能になり、より高画質の画像を得られることもあります。RAWで撮ってもjpegで撮っても、最終的にRAWデータからjpeg画像やTIFF画像を生成することに変わりはありません。もちろんjpegモードで撮影した画像をさらにレタッチするよりも、RAW現像の段階でパラメータ設定を追い込むほうが画質的には有利になります。画像の劣化を無くすためにRAWで撮るのではなく、現像処理をあとからパソコンでじっくり行うためにRAWモードがあるというわけです。画質の低下を避けたいがために必要なパラメータ変更をしないのでは本末転倒ですから、そこはあまり気にしないで作品づくりを楽しんでくださいね。
≫ OGU さん 興味深いテーマなので私の考えを述べさせてください。>RAW画像処理の段階における、露出補正やホワイトバランスの変更、あるいはコントラス>トやシャープネス、色の濃さや色合いの調整も「加工」とみなすものなのでしょうか。>というのも、写真コンテスト等で、「トリミング・焼きこみを除く画像の加工・合成は認め>られない」と規定されている場合、どこまでが許されるのかイマイチ分からないのです。こ>ういう場合通常は、上記で述べたようなRAW画像の調整も「加工」とされるのでしょうか? 銀塩フィルムで撮影しプリントする時に施すのと等価な操作は許されるのではと考えています。 露出補正・ホワイトバランスの変更・コントラスト・色の濃さや色合いの調整はフィルターワークや現像時の処理や印画の時にやられていますよね、、シャープネスが難しいところですが、もともとピントが合っている画像を引き締める効果は、印画紙の露光時間や現像時間の調節でアル程度コントロールできていたようにも思います。
興味深いテーマなので私の考えを述べさせてください。>RAW画像処理の段階における、露出補正やホワイトバランスの変更、あるいはコントラス>トやシャープネス、色の濃さや色合いの調整も「加工」とみなすものなのでしょうか。>というのも、写真コンテスト等で、「トリミング・焼きこみを除く画像の加工・合成は認め>られない」と規定されている場合、どこまでが許されるのかイマイチ分からないのです。こ>ういう場合通常は、上記で述べたようなRAW画像の調整も「加工」とされるのでしょうか? 銀塩フィルムで撮影しプリントする時に施すのと等価な操作は許されるのではと考えています。 露出補正・ホワイトバランスの変更・コントラスト・色の濃さや色合いの調整はフィルターワークや現像時の処理や印画の時にやられていますよね、、シャープネスが難しいところですが、もともとピントが合っている画像を引き締める効果は、印画紙の露光時間や現像時間の調節でアル程度コントロールできていたようにも思います。
≫ ★パリンドローム さん > 銀塩フィルムで撮影しプリントする時に施すのと等価な操作は許されるのではと考えています。この辺り、なかなか線引きが難しいですね。銀塩時代もプリント時に明るさや色調の補正はもちろん、焼込みや覆い焼きなども日常茶飯事に行われていました。さらにスポッティングやペインティングなどと言う技法も存在します。ポスターやカレンダーなど大伸ばしで使われる肖像画にはニキビやシミ、しわなどを軽減させたり、場合によっては消し去ることも可能です。わたしは経験がないのですが「暗室テクニック」なる専門書には、デジタルレタッチでよく例に出される電線を消したり、さらに二重露光の修正法まで掲載されています。この本を読み込むと銀塩のアナログ作業でここまで出来るのかと驚かされてしまいます。銀塩での修正作業はデジタルに比べると技術的にも時間的にも遥かに大変な作業ですので一般にはほとんど行われないのですが、逆に銀塩時代にコンテストなどでこうしたことが許容されていたのかも興味あるところです。
> 銀塩フィルムで撮影しプリントする時に施すのと等価な操作は許されるのではと考えています。この辺り、なかなか線引きが難しいですね。銀塩時代もプリント時に明るさや色調の補正はもちろん、焼込みや覆い焼きなども日常茶飯事に行われていました。さらにスポッティングやペインティングなどと言う技法も存在します。ポスターやカレンダーなど大伸ばしで使われる肖像画にはニキビやシミ、しわなどを軽減させたり、場合によっては消し去ることも可能です。わたしは経験がないのですが「暗室テクニック」なる専門書には、デジタルレタッチでよく例に出される電線を消したり、さらに二重露光の修正法まで掲載されています。この本を読み込むと銀塩のアナログ作業でここまで出来るのかと驚かされてしまいます。銀塩での修正作業はデジタルに比べると技術的にも時間的にも遥かに大変な作業ですので一般にはほとんど行われないのですが、逆に銀塩時代にコンテストなどでこうしたことが許容されていたのかも興味あるところです。
≫ OGU さん > というのも、写真コンテスト等で、「トリミング・焼きこみを除く画像の加工・合成は認められない」と規定されている場合、どこまでが許されるのかイマイチ分からないのです。こういう場合通常は、上記で述べたようなRAW画像の調整も「加工」とされるのでしょうか?デジタルカメラがこれだけ普及した今の時代に、そんな銀塩ライクに制限すること自体が時代遅れだと思う。そんなコンテストは応募しないこと。誰も応募しなければそんな制限はなくなる。デジタル時代はもっと自由な発想で競わないと、旧来のコンテストはノスタルジックな老人クラブになっちゃう。そういうのもひとつくらいあってもいいが、私は興味なし。
> というのも、写真コンテスト等で、「トリミング・焼きこみを除く画像の加工・合成は認められない」と規定されている場合、どこまでが許されるのかイマイチ分からないのです。こういう場合通常は、上記で述べたようなRAW画像の調整も「加工」とされるのでしょうか?デジタルカメラがこれだけ普及した今の時代に、そんな銀塩ライクに制限すること自体が時代遅れだと思う。そんなコンテストは応募しないこと。誰も応募しなければそんな制限はなくなる。デジタル時代はもっと自由な発想で競わないと、旧来のコンテストはノスタルジックな老人クラブになっちゃう。そういうのもひとつくらいあってもいいが、私は興味なし。
≫ krole さん > デジタルカメラがこれだけ普及した今の時代に、そんな銀塩ライクに制限すること自体が時代遅れだと思う。確かにわたしもそう思います。わたし自身はもともとCG出身者で後に写真にハマっていきましたので、逆にそうした思いが強いです。非常に乱暴な考え方なのですが、加工や合成どころかカメラ(実写)を一切使わず、一から作り上げたCGも写真と言い切っちゃっていいのではないかと感じています。もちろんこの部分は反対する方も多いでしょうが…。おそらくわたしのような極端な考え方を持つ人もいるので、あるところで線引きする必要もあるのでしょうね。
> デジタルカメラがこれだけ普及した今の時代に、そんな銀塩ライクに制限すること自体が時代遅れだと思う。確かにわたしもそう思います。わたし自身はもともとCG出身者で後に写真にハマっていきましたので、逆にそうした思いが強いです。非常に乱暴な考え方なのですが、加工や合成どころかカメラ(実写)を一切使わず、一から作り上げたCGも写真と言い切っちゃっていいのではないかと感じています。もちろんこの部分は反対する方も多いでしょうが…。おそらくわたしのような極端な考え方を持つ人もいるので、あるところで線引きする必要もあるのでしょうね。
ToyBoyさんこんばんは。> 非常に乱暴な考え方なのですが、加工や合成どころかカメラ(実写)を一切使わず、一から作り上げたCGも写真と言い切っちゃっていいのではないかと感じています。もちろんこの部分は反対する方も多いでしょうが…。私もCGで飯を食っていますが、、、写真とCGは違うでしょう。お金を払ってくれるお客様にとっては、写真であろうがCGであろうが見た目がキレイでリアルならどちらでもいい、ということであれば同意ですが。個人的に、写真の良さは絵を作るのに金がかからないことだと思います。CGはマスプロ化して陳腐化したとはいえ、やはりいいものを作れば億円単位で飛んでいきます。その点、写真は自分の腕さえあれば金がかからない。結局は、工業と芸術(的手工業)の違いということですね。
Crystal2さん、レスありがとうございます。> 私もCGで飯を食っていますが、、、写真とCGは違うでしょう。ただデジタルの世界では写真とCGは連続的に繋がっており、明確な切り分けができなくなってきているのではないかと思うんです。もちろんCrystal2さんのご意見も理解出来ます。CGなのか実写なのか判断出来ないくらいリアルなCGも存在します。こうなると結果ではなく生成過程の違いということになるのでしょうね。> 個人的に、写真の良さは絵を作るのに金がかからないことだと思います。> CGはマスプロ化して陳腐化したとはいえ、やはりいいものを作れば億円単位で飛んでいきます。> その点、写真は自分の腕さえあれば金がかからない。この辺り、わたしとは考え方が異なっていて、金額の問題ではないと考えています。やはり良質の写真を撮るにはスタジオや照明など非常にお金が掛かるものですし、ロケにしても同じことです。一方で趣味で簡単なCGを描くだけならタダで作ることも可能です。もちろん、写真・CGに限らず、予算なしで立派な作品を残す人もいれば、逆の方もきっといることでしょう。> 結局は、工業と芸術(的手工業)の違いということですね。ただ違いはあれど、その境がなくなったのではないかと考えています。
ToyBoyさん。楽しい話ができそうですね。> CGなのか実写なのか判断出来ないくらいリアルなCGも存在します。こうなると結果ではなく生成過程の違いということになるのでしょうね。CGがどう逆立ちしたところで、本物(実写)にはかないません。上がりの品質、機材コスト、人件費、かかる時間のすべてにおいて、スチール、ビデオの方が勝っています。突き詰めて言うと、実写では撮れないもののためにCGは存在しているということです。> > 個人的に、写真の良さは絵を作るのに金がかからないことだと思います。> > CGはマスプロ化して陳腐化したとはいえ、やはりいいものを作れば億円単位で飛んでいきます。> > その点、写真は自分の腕さえあれば金がかからない。> > この辺り、わたしとは考え方が異なっていて、金額の問題ではないと考えています。もちろんそうです。美と言うのは定量化できませんが、商用の絵なり動画を作る場合には、定量的に評価できるメジャーが必要になります。コスト、時間などですね。例えば、キレイな海を見せようと思ったら、CGでわざわざ作ろうと思う人間はいないわけで。南の島に飛んで行ってバリカムを回して、デジタルマットで合成した方が、上がりの品質も、時間も、コストもおいしいのが現実です。これは動画の話ですが、静止画であればなおさらのことでしょう。> やはり良質の写真を撮るにはスタジオや照明など非常にお金が掛かるものですし、ロケにしても同じことです。一方で趣味で簡単なCGを描くだけならタダで作ることも可能です。もちろん、写真・CGに限らず、予算なしで立派な作品を残す人もいれば、逆の方もきっといることでしょう。もちろんそうなのですが、予算の規模が二桁ほど違うと思いますよ。
Crystal2さん、コメントありがとうございます。なかなか興味深いところです。> CGがどう逆立ちしたところで、本物(実写)にはかないません。> 上がりの品質、機材コスト、人件費、かかる時間のすべてにおいて、スチール、ビデオの方が勝っています。なるほど、CGをお仕事にされているCrystal2さんがおっしゃるのですから、確かにそれは事実なのでしょう。お話の流れからCGムービーをお作りになる方でしょうか。CGとは言ってもわたしは静止画(広告)専門のせいもあってか、当時は逆にスタジオのブツ撮りカメラマンがとても大変に見えました。 (^^ゞ> 美と言うのは定量化できませんが、商用の絵なり動画を作る場合には、定量的に評価できるメジャーが必要になります。> コスト、時間などですね。やや論点がズレてきたかもしれません。定量的評価が必要というのは重々承知しているつもりなのですが、写真とCGの違い、あるいは本題のオリジナルとレタッチ加工(範囲)の違いといういうお話になるとどうなるのでしょうか。『美』の評価軸としてコスト・時間を挙げるのもひとつの手だと思います。しかし写真とCGの切り分けをコスト・時間とするのはまた違ってくるお話です。確かに写真とCGでコスト・時間などが違うというお話は分かります。発想を逆転して何が違えば、写真とCGに分かれるのかという疑問があります。オリジナルとレタッチ加工となればさらにデリケートなお話になるでしょう。個人的にはこれらの明確な切り分けが困難なんではないかな!?と感じる次第です。むしろ明確な切り分けは不可能ではないかと感じています。もちろん何らかの定義が出来れば可能なのでしょうが、現段階ではCGも写真の一種だと捉えるのも広い意味では不可能ではないのではないかというのがわたしの感想です。
≫ ToyBoy さん > 定量的評価が必要というのは重々承知しているつもりなのですが、写真とCGの違い、あるいは本題のオリジナルとレタッチ加工(範囲)の違いといういうお話になるとどうなるのでしょうか。> > 『美』の評価軸としてコスト・時間を挙げるのもひとつの手だと思います。しかし写真とCGの切り分けをコスト・時間とするのはまた違ってくるお話です。> > 確かに写真とCGでコスト・時間などが違うというお話は分かります。発想を逆転して何が違えば、写真とCGに分かれるのかという疑問があります。オリジナルとレタッチ加工となればさらにデリケートなお話になるでしょう。> > 個人的にはこれらの明確な切り分けが困難なんではないかな!?と感じる次第です。むしろ明確な切り分けは不可能ではないかと感じています。もちろん何らかの定義が出来れば可能なのでしょうが、現段階ではCGも写真の一種だと捉えるのも広い意味では不可能ではないのではないかというのがわたしの感想です。写真にせよCGにせよ、鑑賞する側にとっては同じです。かかったコストや時間はどうでもいいことです。美しいか美しくないか、いいと思うか思わないか・・・です。従来は写真と絵画は同じ芸術といっても明らかに別物であり、一緒に並べてどっちがいいか、などありえないものでした。ただ、それは一方は印画紙、他方はキャンバスといった明らかに区別できる違いがあったからです。デジタルになれば、写真もCGも画像データという意味では同じです。「画像データコンテスト」というジャンルで同じものでしょう。
> 定量的評価が必要というのは重々承知しているつもりなのですが、写真とCGの違い、あるいは本題のオリジナルとレタッチ加工(範囲)の違いといういうお話になるとどうなるのでしょうか。> > 『美』の評価軸としてコスト・時間を挙げるのもひとつの手だと思います。しかし写真とCGの切り分けをコスト・時間とするのはまた違ってくるお話です。> > 確かに写真とCGでコスト・時間などが違うというお話は分かります。発想を逆転して何が違えば、写真とCGに分かれるのかという疑問があります。オリジナルとレタッチ加工となればさらにデリケートなお話になるでしょう。> > 個人的にはこれらの明確な切り分けが困難なんではないかな!?と感じる次第です。むしろ明確な切り分けは不可能ではないかと感じています。もちろん何らかの定義が出来れば可能なのでしょうが、現段階ではCGも写真の一種だと捉えるのも広い意味では不可能ではないのではないかというのがわたしの感想です。写真にせよCGにせよ、鑑賞する側にとっては同じです。かかったコストや時間はどうでもいいことです。美しいか美しくないか、いいと思うか思わないか・・・です。従来は写真と絵画は同じ芸術といっても明らかに別物であり、一緒に並べてどっちがいいか、などありえないものでした。ただ、それは一方は印画紙、他方はキャンバスといった明らかに区別できる違いがあったからです。デジタルになれば、写真もCGも画像データという意味では同じです。「画像データコンテスト」というジャンルで同じものでしょう。
kroleさん、コメントありがとうございます。> 写真にせよCGにせよ、鑑賞する側にとっては同じです。> かかったコストや時間はどうでもいいことです。> 美しいか美しくないか、いいと思うか思わないか・・・です。なるほど、鑑賞する側にとっては、写真、CG、はたまた生け花や映画、音楽、ゲームなどなど、エンターテイメントと捉えれば、すべて同じものなのかもしれませんね。> デジタルになれば、写真もCGも画像データという意味では同じです。> 「画像データコンテスト」というジャンルで同じものでしょう。確かに銀塩時代の「写真」という言葉の延長で考えるとややこしくなるのですが、「画像データ」と考えると分かり易いです。ただジャンルとして「画像データ」があって、そのカテゴリにさらに「写真」と「CG」で分類が可能かという問題なのかもしれませんね。
≫ ToyBoy さん 現代美術の世界で、一番広い概念では絵筆で描く絵も写真もCGも伝統的な版画も同じカテゴリーです。平面作品・全ての技法がOKという基準となります。もう少し狭いカテゴリーでは、プリントアートとして絵が外れることもあります。> > 写真にせよCGにせよ、鑑賞する側にとっては同じです。> > かかったコストや時間はどうでもいいことです。> > 美しいか美しくないか、いいと思うか思わないか・・・です。> > なるほど、鑑賞する側にとっては、写真、CG、はたまた生け花や映画、音楽、ゲームなどなど、エンターテイメントと捉えれば、すべて同じものなのかもしれませんね。> > > デジタルになれば、写真もCGも画像データという意味では同じです。> > 「画像データコンテスト」というジャンルで同じものでしょう。> > 確かに銀塩時代の「写真」という言葉の延長で考えるとややこしくなるのですが、「画像データ」と考えると分かり易いです。ただジャンルとして「画像データ」があって、そのカテゴリにさらに「写真」と「CG」で分類が可能かという問題なのかもしれませんね。
現代美術の世界で、一番広い概念では絵筆で描く絵も写真もCGも伝統的な版画も同じカテゴリーです。平面作品・全ての技法がOKという基準となります。もう少し狭いカテゴリーでは、プリントアートとして絵が外れることもあります。> > 写真にせよCGにせよ、鑑賞する側にとっては同じです。> > かかったコストや時間はどうでもいいことです。> > 美しいか美しくないか、いいと思うか思わないか・・・です。> > なるほど、鑑賞する側にとっては、写真、CG、はたまた生け花や映画、音楽、ゲームなどなど、エンターテイメントと捉えれば、すべて同じものなのかもしれませんね。> > > デジタルになれば、写真もCGも画像データという意味では同じです。> > 「画像データコンテスト」というジャンルで同じものでしょう。> > 確かに銀塩時代の「写真」という言葉の延長で考えるとややこしくなるのですが、「画像データ」と考えると分かり易いです。ただジャンルとして「画像データ」があって、そのカテゴリにさらに「写真」と「CG」で分類が可能かという問題なのかもしれませんね。
ToyBoyさん、こんにちは。レスありがとうございます。> やや論点がズレてきたかもしれません。> 定量的評価が必要というのは重々承知しているつもりなのですが、>写真とCGの違い、あるいは本題のオリジナルとレタッチ加工(範囲)の違いというお話になるとどうなるのでしょうか。これはつまり、ToyBoyさんの大元のご意見である、>非常に乱暴な考え方なのですが、加工や合成どころかカメラ(実写)を一切使わず、>一から作り上げたCGも写真と言い切っちゃっていいのではないかと感じています。>もちろんこの部分は反対する方も多いでしょうが…。↑こちらについてどう思うかということですよね。CGと写真は違うと、私が言い出して、そこからコスト面等の話しに突っ走ってしまいました(^^;;申し訳ありません。上記、二つの引用を踏まえまして、私の考えを述べさせていただきます。●写真とCGの違い突き詰めれば、CGは写真で撮れないものを映像化するための技術です。写真で撮れるものをCGで作成するのは、本来的には意味はありません。とはいえ写真で撮れるものをわざわざCGで再現して、CGの力を感じてみるのは趣味的には楽しいことですし、また写真で撮れるものはCGで作らないのかというとそうでもなく、例えば、事故や天候などの問題で実写で撮り損ねたものをCGで後から「足したり」、逆に余計なものが写っていれば、CG技術で「消したり」するのは日常茶飯事です。●本題のオリジナルとレタッチ加工(範囲)の違い結局、上に述べた「足したり」「消したり」というのがポイントでしょう。本来は写っていないものをCG技術で足したり、写っているものを消したりした段階で、純粋な写真とは呼べなくなると思います。例えば、花火の写真に対するレタッチとして、個人的に許容範囲としているのは、トリミングと、夜空と花火のメリハリをつけるためにトーンカーブの修正を行う程度にしています。しかし合成や写っているものの削除は行いません。素人ですので、花火の次弾、次々弾の炸裂位置が読みにくくなかなか満開写真が撮れません。いくつかの単発で炸裂している写真を合成すれば、あっというまに満開写真ができあがるわけですが、これをやってしまったらもうすでに写真ではなくなるかと。少なくとも、撮影現場で神経を研ぎ澄ませて、シャッターチャンスを追う必要はどこにもなくなるなと考えております。あとで切り貼りすればいいや、ということになりますので。削除ということでは、例えば花火大会の後半になればなるほど、夜空に煙が残っていくのですが、風向きがわるいと花火に余計な形でかぶってしまったりします。これもちょちょいと消してしまいたくなるわけですが(簡単に消せますし)、それもやりません。このあたり、趣味だからということもできるかもしれません。> 個人的にはこれらの明確な切り分けが困難なんではないかな!?と感じる次第です。むしろ明確な切り分けは不可能ではないかと感じています。もちろん何らかの定義が出来れば可能なのでしょうが、現段階ではCGも写真の一種だと捉えるのも広い意味では不可能ではないのではないかというのがわたしの感想です。実写とCGの合成をすることは多いのですが、出来上がったものが実写なのかCGなのか。上に書いたこととは矛盾するようですが、やはり鑑賞者次第という面もあると思います。例えば私が鑑賞者、クライアントになんと説明するかといいますと、その静止画、動画の主題が実写であり、実写で撮れない部分がCGで補完されている場合は、「すごいでしょう、どうやって撮ったと思います?」と話しますし、逆に主題がCGで生成されていて、一部が実写で補完されている場合は、「キレイでしょ? 作るの結構手間かかったのよ」と言う感じで話すことが多いですね。
Crystal2さん、コメントありがとうございます。> ●本題のオリジナルとレタッチ加工(範囲)の違い> 結局、上に述べた「足したり」「消したり」というのがポイントでしょう。> 本来は写っていないものをCG技術で足したり、写っているものを消したりした段階で、純粋な写真とは呼べなくなると思います。個人的にはやはりこの部分がグレーゾーンに感じてしまいます。撮影した画像にゴミが写り込んでいたので、スタンプツールで消した場合などはどうなるのでしょうか。またKissDXに搭載されているようなゴミを検出して、ソフト上で自動補間されるようなシステムだとどうなるのでしょうか…現像時に主被写体を適正にしたいがため、明るくしたらバックが飽和して消えてしまった場合などは、CG技術による情報の消去に当たるのでしょうか。レタッチにてレンズの歪曲などを補正し、本来の情報に近付けたりすると、やはり写真ではなくなるのでしょうか。非常に強引な例えだとは思いますが「…たら」、「〜れば」を付けるとかなりデリケートな領域に入ってくると思います。> いくつかの単発で炸裂している写真を合成すれば、あっというまに満開写真ができあがるわけですが、これをやってしまったらもうすでに写真ではなくなるかと。花火の例は分かり易いですね。わたしも夏に近場の花火大会を撮りに行きました。田舎ですので玉数は少なく、華やかな写真は撮りにくいのですが、その分人出も少なく煙の影響も少ないです。田舎ゆえ大型のものは単発で上がるため、ノウハウ本のあった通り、黒い遮光紙をシャッター代わりにバルブ撮影(結果的に多重露光)を行いました。多重露光というのも考え方を変えれば、撮影時のレタッチ合成と言えるかもしれません。また銀塩時代にも花火の合成というのは撮影時はもちろん、プリント時に行いやすいので、これを「写真」と呼んでいたかというのも興味あるところです。> 実写とCGの合成をすることは多いのですが、出来上がったものが実写なのかCGなのか。> 上に書いたこととは矛盾するようですが、やはり鑑賞者次第という面もあると思います。なるほど、鑑賞者判断という側面も持っている訳ですね。実際、わたしとCrystal2さんで写真に対する考え方が異なるのですから、それはそれで有りなんだろうと思います。そもそも写真というのは、「現実」をベースにボケやパースペクティブなどなど頭のイメージを加えて作るのに対し、CGは「イメージ」をベースにリアリティ(現実)を加えていくものだと認識しておりました。ただ最近は素材として両方を同時に使う場合があるんですよね。そうした意味で境界線が不明瞭になっているんだと思います。
≫ ToyBoy さん 10D・30Dは多重露出ができないので悩んでいます。★パリンドロームが目指す公募展はデジカメOKですが、合成禁止ただし多重露出OKなのです。EOS5時代多重露出で撮っていた構図を10D・30Dではフォトショのレイヤーで合成しています。撮影時は多重露出と同じ操作です。露出の決め方とかも、、巻きあがってしまうので別ファイルとなりますが。 応募してよいのかどうか迷っています。 なんでEOS5時代デジタルは多重露出ができないのでしょう、、、 こういう悩みはあまり意味のないことかも知りませんが、、
10D・30Dは多重露出ができないので悩んでいます。★パリンドロームが目指す公募展はデジカメOKですが、合成禁止ただし多重露出OKなのです。EOS5時代多重露出で撮っていた構図を10D・30Dではフォトショのレイヤーで合成しています。撮影時は多重露出と同じ操作です。露出の決め方とかも、、巻きあがってしまうので別ファイルとなりますが。 応募してよいのかどうか迷っています。 なんでEOS5時代デジタルは多重露出ができないのでしょう、、、 こういう悩みはあまり意味のないことかも知りませんが、、
> 10D・30Dは多重露出ができないので悩んでいます。★パリンドロームが目指す公募展はデジカメOKですが、合成禁止ただし多重露出OKなのです。EOS5時代多重露出で撮っていた構図を10D・30Dではフォトショのレイヤーで合成しています。撮影時は多重露出と同じ操作です。露出の決め方とかも、、巻きあがってしまうので別ファイルとなりますが。> 応募してよいのかどうか迷っています。> なんでEOS5時代デジタルは多重露出ができないのでしょう、、、> こういう悩みはあまり意味のないことかも知りませんが、、当方も悩んでいる者の一人です。あるコンテストで聞いた話では「撮影機材を確認されれば間違いなく加工扱いになります。カメラ内での処理は問題ありません。」そういう意味ではキヤノンはダメですね。残念です。話が逸れますが、一昨年?の二科会デジタル部門の入賞作品を観て、「写真では無い!」、「ポスター展か?」と思ったのは私だけでしょうか?デジタルカメラはデジタル部門に出品することになります。真剣に「真実を写すこと」が評価されないのは如何なものかなと思いました。(ボディが違うだけなのにね。)一般応募が対象でのお話です。(会員・会友は関係ないんですけどね。)そのようなことも踏まえて是非搭載してほしい機能ですね。
≫ ちょこっと さん > あるコンテストで聞いた話では「撮影機材を確認されれば間違いなく> 加工扱いになります。カメラ内での処理は問題ありません。」> そういう意味ではキヤノンはダメですね。残念です。6〜7年ほど前でしょうか、わたしの妹がなかなか面白いデジカメを持っていました。まだカメラメーカ、電気メーカ、コンピュータメーカなど入り乱れ、まだまだバリエーション豊かなモデルがバトルしていた時代のお話です。女性向け(!?)の比較的可愛いモデルで、カメラ内だけで背景を変えたりとプリクラライクなレタッチが可能でした。レタッチだけでなく、撮影時にもさまざまなものを同時に写し込める(多重露光も可)ことでなかなか遊び心あるカメラでした。メーカ名は記憶しておりませんが、いわゆるメジャーメーカではなかったと思います。最近はこうした遊び心あるモデルはほとんどないようですが、こうしたものもカメラ内で完結出来るという意味では加工扱いにならないのかってところも興味ある次第です。
> あるコンテストで聞いた話では「撮影機材を確認されれば間違いなく> 加工扱いになります。カメラ内での処理は問題ありません。」> そういう意味ではキヤノンはダメですね。残念です。6〜7年ほど前でしょうか、わたしの妹がなかなか面白いデジカメを持っていました。まだカメラメーカ、電気メーカ、コンピュータメーカなど入り乱れ、まだまだバリエーション豊かなモデルがバトルしていた時代のお話です。女性向け(!?)の比較的可愛いモデルで、カメラ内だけで背景を変えたりとプリクラライクなレタッチが可能でした。レタッチだけでなく、撮影時にもさまざまなものを同時に写し込める(多重露光も可)ことでなかなか遊び心あるカメラでした。メーカ名は記憶しておりませんが、いわゆるメジャーメーカではなかったと思います。最近はこうした遊び心あるモデルはほとんどないようですが、こうしたものもカメラ内で完結出来るという意味では加工扱いにならないのかってところも興味ある次第です。
≫ ちょこっと さん 以前も書いた覚えがありますが、多重の必要がありCPSに問い合わせたところ、『キヤノンのカメラは多重露光をサポートしない』とゆうのがその時の答えでした。まぁソフトで合成すればより理想的な画像が出来上がってくるわけですが、気になる点がひとつ。ツリーの前半のCGのハナシにも関わってくるのですが、作り込めば作り込むほど無くなっていくもの、それは偶発性です。理想的なフレーミングではないけれど、何か魅力的な画面構成ってゆうのがあります。ピントが合ってなかったり、ヘンにフレームアウトしてたり、ブレてたり。。。でも、なにか空気感がよろしい。。。そんな写真が偶然に出来上がったりします。でも、意図的に偶然を装って作っても、あまり楽しくないのですよね。頭の中に無いモノはCGでは描けない。無意図な画面構成は合成では作画出来ません。ロバート・フランク、ウィリアム・クライン。。。不安定な構図の名作は枚挙にいとまがありません。デジタルになってブレない、ボケない、いかに精緻に写るかが世の趨勢ですが、偶発性も写真の大きなの魅力のひとつではないでしょうか。だいぶ脱線しましたのでこのへんで、おそまつ。。。。
以前も書いた覚えがありますが、多重の必要がありCPSに問い合わせたところ、『キヤノンのカメラは多重露光をサポートしない』とゆうのがその時の答えでした。まぁソフトで合成すればより理想的な画像が出来上がってくるわけですが、気になる点がひとつ。ツリーの前半のCGのハナシにも関わってくるのですが、作り込めば作り込むほど無くなっていくもの、それは偶発性です。理想的なフレーミングではないけれど、何か魅力的な画面構成ってゆうのがあります。ピントが合ってなかったり、ヘンにフレームアウトしてたり、ブレてたり。。。でも、なにか空気感がよろしい。。。そんな写真が偶然に出来上がったりします。でも、意図的に偶然を装って作っても、あまり楽しくないのですよね。頭の中に無いモノはCGでは描けない。無意図な画面構成は合成では作画出来ません。ロバート・フランク、ウィリアム・クライン。。。不安定な構図の名作は枚挙にいとまがありません。デジタルになってブレない、ボケない、いかに精緻に写るかが世の趨勢ですが、偶発性も写真の大きなの魅力のひとつではないでしょうか。だいぶ脱線しましたのでこのへんで、おそまつ。。。。
≫ 浚渫。 さん > 頭の中に無いモノはCGでは描けない。無意図な画面構成は合成では作画出来ません。合成を前提に複数枚撮れば良いのではないでしょうか。露出を切り詰めて、暗い部分と明るい部分を考えて。そして合成作業だけをPCでやればいい。構図等一切いじらずにただ重ね合わせだけする。これでいいのでは。「PCで合成する」のがどうして「構図をいじらなければならない」のか?そのまま単に合成すればカメラ内合成と同じものができますよ。> デジタルになってブレない、ボケない、いかに精緻に写るかが世の趨勢ですが、> 偶発性も写真の大きなの魅力のひとつではないでしょうか。本当の偶発性はありえません。どんな作品でも公表されるまでには「セレクトする」という操作を経ています。カメラマンでなくても編集者等が、、、。つまり、偶然の産物は「候補」としては存在しても、「作品」としては存在し得ないのです。
> 頭の中に無いモノはCGでは描けない。無意図な画面構成は合成では作画出来ません。合成を前提に複数枚撮れば良いのではないでしょうか。露出を切り詰めて、暗い部分と明るい部分を考えて。そして合成作業だけをPCでやればいい。構図等一切いじらずにただ重ね合わせだけする。これでいいのでは。「PCで合成する」のがどうして「構図をいじらなければならない」のか?そのまま単に合成すればカメラ内合成と同じものができますよ。> デジタルになってブレない、ボケない、いかに精緻に写るかが世の趨勢ですが、> 偶発性も写真の大きなの魅力のひとつではないでしょうか。本当の偶発性はありえません。どんな作品でも公表されるまでには「セレクトする」という操作を経ています。カメラマンでなくても編集者等が、、、。つまり、偶然の産物は「候補」としては存在しても、「作品」としては存在し得ないのです。
≫ えぼき さん なるほど。哲学的になっていきますが。。。私は写真とはシュレリンガーの猫のごとく撮影されるまで漠とした状態で存在していて、偶発的にある状態にふれると考えていますから、少し夢見がちが過ぎるのかもしれません。私の念頭にあるのは撮影までの流れに限定したモノです。その場所にその時間に居合わせて、その光景を目撃する。ブツ撮りにしてもある静物を選んである位置に配置構成する。私は撮影行為すべてに偶然性を感じています。ですが、表現の域を公開する行為にまでに広げた場合、それは帰納的に必然であった。。。ともいえますね。個人の創作のよりどころですから解は元々存在しませんが、なるほどと思いました。ありがとうございました。> 本当の偶発性はありえません。> どんな作品でも公表されるまでには「セレクトする」という操作を経ています。> カメラマンでなくても編集者等が、、、。> つまり、偶然の産物は「候補」としては存在しても、「作品」としては存在し得ないのです。
なるほど。哲学的になっていきますが。。。私は写真とはシュレリンガーの猫のごとく撮影されるまで漠とした状態で存在していて、偶発的にある状態にふれると考えていますから、少し夢見がちが過ぎるのかもしれません。私の念頭にあるのは撮影までの流れに限定したモノです。その場所にその時間に居合わせて、その光景を目撃する。ブツ撮りにしてもある静物を選んである位置に配置構成する。私は撮影行為すべてに偶然性を感じています。ですが、表現の域を公開する行為にまでに広げた場合、それは帰納的に必然であった。。。ともいえますね。個人の創作のよりどころですから解は元々存在しませんが、なるほどと思いました。ありがとうございました。> 本当の偶発性はありえません。> どんな作品でも公表されるまでには「セレクトする」という操作を経ています。> カメラマンでなくても編集者等が、、、。> つまり、偶然の産物は「候補」としては存在しても、「作品」としては存在し得ないのです。
> 私は写真とはシュレリンガーの猫のごとく撮影されるまで漠とした状態で存在していて、> 偶発的にある状態にふれると考えていますから、少し夢見がちが過ぎるのかもしれません。> 私の念頭にあるのは撮影までの流れに限定したモノです。その場所にその時間に居合わせて、その光景を目撃する。ブツ撮りにしてもある静物を選んである位置に配置構成する。私は撮影行為すべてに偶然性を感じています。私も基本的には浚渫。さんと似たような考え方を持っております。とりわけスナップ写真の場合、その場面に偶々居合わせそれをそのとき持ち合わせている画角でその撮影者が閃きのようにフレーミングし得られた、瞬間の妙というのでしょうか。いずれ自分のWEBにupしようと、自分の考えをときおりメモしつつまだまとめあげられていないのですが、スナップ写真撮影行為はジャズにおけるアドリブ演奏的な要素というか醍醐味があるよう(極個人的感想・想いではありますが)感じている次第です。「瞬間・偶然の妙」によって得られる創作物がその後どう選択・評価されるか、というのは撮影行為(創作行為)とは別途の話しかと私は思います。
≫ mattn* さん > スナップ写真撮影行為はジャズにおけるアドリブ演奏的な要素というか> 醍醐味があるよう(極個人的感想・想いではありますが)感じている次第です。> > 「瞬間・偶然の妙」によって得られる創作物がその後どう> 選択・評価されるか、というのは> 撮影行為(創作行為)とは別途の話しかと私は思います。撮影行為の偶然性は否定していませんよ。というより、そもそも我々がこの世にいて写真を趣味としているということ自体が偶然です。要は写真そのものが既に「偶然」の結果です。もっともここの議論は真正証明から加工是非の話になってます。つまり撮影時よりも撮影後がテーマですね。察するに、スレ主さんは、この世に真正ソフトなるものがあることを知り、これはコンテスト応募の加工不可の規定を判定するためのソフトと勘違いされ、それならフィルムでやっていた程度の加工もこのソフトでは加工ありと判定されてしまうのは困る、というような流れです。
> スナップ写真撮影行為はジャズにおけるアドリブ演奏的な要素というか> 醍醐味があるよう(極個人的感想・想いではありますが)感じている次第です。> > 「瞬間・偶然の妙」によって得られる創作物がその後どう> 選択・評価されるか、というのは> 撮影行為(創作行為)とは別途の話しかと私は思います。撮影行為の偶然性は否定していませんよ。というより、そもそも我々がこの世にいて写真を趣味としているということ自体が偶然です。要は写真そのものが既に「偶然」の結果です。もっともここの議論は真正証明から加工是非の話になってます。つまり撮影時よりも撮影後がテーマですね。察するに、スレ主さんは、この世に真正ソフトなるものがあることを知り、これはコンテスト応募の加工不可の規定を判定するためのソフトと勘違いされ、それならフィルムでやっていた程度の加工もこのソフトでは加工ありと判定されてしまうのは困る、というような流れです。